ひふみ神示でいいタイミング!

リアル「ギフトピア」!ひふみ神示の日記

火水伝文(ひみつつたえふみ)?!

仕事で体調を崩した時に日月神示と出会い、以来三日坊主の割に続いています。
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上つ巻    第三十八帖 (三八)


 残る者の身も一度は死ぬことあるぞ、死んでからまた生き返るぞ、三分の一の臣民になるぞ、これからがいよいよの時ざぞ。日本の臣民同士が食い合ひするぞ、かなわんと云うて外国へ逃げて行く者も出来るぞ。神にシッカリと縋(すが)りて居らんと何も分らんことになるから、早く神に縋りて居れよ、神ほど結構なものはないぞ。神にも善い神と悪い神とあるぞ、雨の日は雨、風の日は風といふこと分らんか、それが天地の心ぞ、天地の心を早う悟りて下されよ。いやならいやで他に代りの身魂があるから神は頼まんぞ、いやならやめて呉れよ。無理に頼まんぞ。神のすること一つも間違ひないのぞ、よく知らせを読んで下されよ。ひつきのか三。


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ひふみ神示も三巡目になりますが、あいも変わらず細々と信仰に励んでおります。

 

経典?は、ひふみ神示だけでいいとは思いますが、もっと内容を理解したく、本やネットを漁ったりしています。

 

そんなこの頃、日月神示の続きの神示が在る事を知りました。

(神示研究の諸先輩方はご存知でしょうが・・・)

それは「火水伝文」と言い、

1991年7月12日、東京在住のデザイナーの我空徳生(がくう とくお)さんの目に、降りた神示?です。

 

突然、目の前に文字が現れ、消えなくなり、それを書き出せば消えるのでは?と思い、仕方なく言葉を片っ端から写したそうです。

そして膨大なバラバラの言葉を、本人が納得出来る様繋ぎ合わせ、文章にまとめた物だそうです。

 

何となく、経緯的には「大本神諭」と同じでしょうか?

使われている古い丹波訛りは、ひふみ神示でも「大本神諭」へのイメージが多少は在ったのじゃ無いかと想像しますので、良いんじゃないでしょうか。

 

ネットで全文を掲載されているところもありました。

mixi.jp

 

しかしー。ネットだけじゃ、何つうか、読ずらいし、信じられない様な気がします。

 

諸般の事情により、日月神示以外の信仰は出来ない為、良く読もしないうちから、巧妙な都市伝説の読み物か?などと勘ぐっておりました。

 

まして一般に販売はされていないらしく、

機会が無いのは読まなくても良いものなのでは?

と思っていた所、何となくスンナリ古本屋さんで買う事が出来ました。

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⊙マークも付いてる!

書名に(ウエツフミ)と但し書きがあったことから、もう一冊あるのかなと思いましたが、纏められたものはこの本だけの様です。

 

「日月は経綸の計画書じゃ。火水は経綸のワケじゃ。 」

ともあるので、兎に角これから読んで行こうと思います。

 

こういった本を読んでると、心霊の「騎士」さんがラップ音で、"そこ違うぞー!"

的な注意をするんですが、少し読み始めた所では静かですので、個人的にはインチキ本でも無い気がします。

 

 

良くも悪くも、タイミング良すぎ!

補巻  月光の巻    第四十六帖

 

 考えてゐては何も成就せんぞ。神界と交流し、神界に生き、神界と共に弥栄すればよいのぢゃ。人間だけの現実界だけで処理しようとするのが今迄の考えぢゃ。今迄の考えでは人間の迷ひぞと申してあろうがな。迷ひを払って真実に生きよ。みたましづめぢゃ。加実しづめぢゃ。そなたは信仰のありかたを知らんぞ。長い目で永遠の立場からの幸が、歓喜がおかげであるぞ。局部的一時的には いやなことも起ってくるぞ。天地を信じ、自分を知り、人を理解する所にこそ まことの弥栄あるぞ。だますものにはだまされてやれよ。一先づだまされて、だまされんように導いて下されよ。そなたはそんな場合に我を出すからしくじるのぞ。だまされてやろうとするからカスが残るのぞ。まことにだまされる修業が大切ぢゃなあ。

 

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この夏の酷暑で伸び放題になっていた草。

 

壊れたハウスの解体もままならず、このままでは森になってしまいそうなので、どうにか草だけは刈りたい所。

 

虫に刺されつつ作業も終わりかけた頃、何とタイミングよく、無料での解体引き取り業者さんが尋ねて来てくれました!

 

東京五輪を目前に、スクラップが良くなっているのか?

滅多にないチャンスなので、騙されたつもりで即決でお願いした所、、、。

 

何故か?ハニーの「ちょっと待った!」がかかりました。

 

所謂「ただより高いものは無い」!です。

頭から詐欺業者と思っている様です。

 

市役所の弁護士相談ぐらいならまだしも、まだお金を騙された訳でも無いのに警察署に相談しに行くに至っては、最近のドラマでやっている若年性アルツハイマーじゃ無いかと、ふと心配になるほどでした。

 

結局、誤解は解けたものの、解体の一件は無かった事で振り出しに戻っちゃいました。

 

それでもゴミ捨場状態から「自分で跡かたずけするしかない」!と、パピーのヤル気が出た事には間違いありませんでした。

 

「神との交流」程では無いです。

五十黙示録 補巻

月光の巻  第三十八帖

 はじめの喜びは食物ぞ。次は異性ぞ。何れも大きな驚きであろうがな。これは和すことによって起るのぞ。とけ合ふことによって喜びとなるのぢゃ。よろこびは神ぢゃ。和さねば苦となるぞ。かなしみとなるぞ。先づ自分と自分と和合せよと申してあろうが。そこにこそ神の御はたらきあるのぢゃ。ぢゃがこれは外の喜び、肉体のよろこびぞ。元の喜びは霊の食物を食ふことぞ。その大きな喜びを与へてあるのに、何故 手を出さんのぢゃ。その喜び、おどろきを何故に求めんのぢゃ。何故に神示を食べないのか。見るばかりではミにつかんぞ。よく噛みしめて味はひて喜びとせんのぢゃ。喜びが神であるぞ。次には神との交わりぞ。交流ぞ。和ぞ。そこには且って知らざりし おどろきと大歓喜が生れるぞ。神との結婚による絶対の大歓喜あるのぢゃ。神が霊となり花むことなるのぢゃ。人民は花よめとなるのぢゃ。判るであろうが。この花むこはいくら年を経ても花よめを捨てはせぬ。永遠につづく結びぢゃ。結婚ぢゃ。何ものにも比べることの出来ぬおどろきぞ。よろこびぞ。花むこどのが手をさしのべてゐるのに、何故に抱かれんのぢゃ。神は理屈では判らん。夫婦の交わりは説明出来まいがな。神が判っても交わらねば、神ととけ合はねば真理は判らん。なんとした結構なことかと人民びっくりする仕組ぞ。神と交流し結婚した大歓喜は、死を越えた永遠のものぞ。消えざる火の大歓喜ぞ。これがまことの信仰、神は花嫁を求めて御座るぞ。早う神のふところに抱かれて下されよ。

二月一日。

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もうちょっと色々勉強してから、再スタートしたかったんですが、・・・。

 

あいも変わらず、細々と信仰生活を送っています。

 

心霊の「騎士」さんは変わらず、色々注意のラップ音を聞かせてくれています。

 

前からそうでしたが、何となく朝の「お祈り」を重要視している感じ。

夜よりも。

 

前の日の夜、目覚ましをかけて居ない事を注意されたり。

もっと早く起きろ!みたいな音もあったり。

何より家族より早く、朝一番に「お祈り」が大切な感じでした。

 

リニューアルを目指し、

今は「日月神示はなぜ岡本天明に降りたか」岡本三典 著

を読んでいますが、

P126 7行目 至恩郷の奉斎

「朝、吾が命を総って大神の御心のままに御使い下さいと礼拝し、空の皿(かわらけ)に誠の心をお供えし任せ切った平安な心で1日を過ごしますので、善だ悪だと裁く気がなくなり、大変楽になります。」等々との記載あり。

 

神様にこの身を惟神にお任せする事なんでしょうが、その代わりでは無いですが、色々と厄介な事から身を守る様にしてくれるのではないかと思う事があります。

 

まあ今日なんかは、突然の胸さわぎがしておりましたところ、結果!仕事の失敗がありまして。(T ^ T)

1時間ぐらい前からだったので、気分が悪いとの理由で早退も出来たのですが、そこはまだ身魂が磨けていないので、理由は分からず仕舞いでした。

 

しかし、、、人生逃げてばかりも行かないのです。

 

胸さわぎ程で無くても、些細な知らせも有り、丁寧に考えないと見落とす感じですが、今日は他にも有りました。

 

この状況を、自分が納得する様に敢えて理由を付けるならば、

日月神示に所縁のある心霊さんが、朝のお祈りを頂く代わりに、神の様に導いてくれるシステムがあるのではと?言う感じです。

 

偶然に今日、読んだ神示と虫の知らせ、本家の至恩郷の奉斎が一致しただけかもしれませんが、「いいタイミング!」という事で落ちとさせて頂きます。

 

以上、これからも不定期に更新していきます。